東京地方裁判所 昭和43年(行ウ)209号 判決 1979年9月17日
東京都新宿区早稲田鶴巻町四二番地
原告
新宿民主商工会
右代表者会長
岩井作太郎
同都文京区水道二丁目九番一四号
沢村方
原告
宮地広定
右原告両名訴訟代理人弁護士
中村洋二郎
同
井上文男
同
高橋融
同
坂本修
同
山根晃
同
中西克夫
同
小林亮淳
右弁護士中西克夫訴訟復代理人弁護士
福地絵子
同都千代田区霞が関一丁目一番一号
被告
国
右代表者法務大臣
古井喜実
同都文京区本郷四丁目一五番一一号
被告
小石川税務署長
橋間他家男
右被告両名訴訟代理人弁護士
島村芳見
右被告両名指定代理人
斉藤健
同
藤原嘉民
同
横尾継彦
同
古俣与喜男
同
酒井保一
同
中川昌泰
同
小笠原英之
同
辰尾明吉
被告国指定代理人
河内孝誌
主文
原告らの各請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた判決
一 請求の趣旨
1 被告国は原告新宿民主商工会に対し金一一万円及びこれに対する昭和四三年一〇月二五日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を、原告宮地広定に対し金三万円及びこれに対する昭和四三年一〇月二五日から支払済に至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
2 被告小石川税務署長が原告宮地広定の昭和三九年分及び同四〇年分所得税についてなした別紙一記載の各更正処分及び過少申告加算税賦課処分並びにこれら各処分についての各異議申立棄却決定をいずれも取り消す。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
二 請求の趣旨に対する被告らの答弁
主文同旨
第二原告らの請求原因
一 原告新宿民主商工会(以下「原告新宿民商」又は「新宿民商」といい、民主商工会を「民商」という。)は主として新宿区内の中小商工業者によって組織されている団体であり、原告宮地は製本業を営んでいるいわゆる白色申告者で新宿民商の会員である。
二 取り消さるべき行政処分
原告宮地は、昭和三九年分及び同四〇年分所得税につき別紙一の処分一覧表各確定申告欄記載のとおり確定申告をしたところ、被告小石川税務署長(以下「被告署長」という。)によりそれぞれ同表各更正処分欄記載のとおり更正及び過少申告加算税賦課決定(以下「本件更正処分」という。)がなされた。原告宮地は、右各処分につき異議申立をしたが、同表異議決定欄記載のとおり棄却され、東京国税局長に対する審査請求も棄却された。
しかしながら、被告署長のした本件更正処分及び異議棄却決定はいずれも違法であるから、その取消を求める。
三 損害賠償請求の内容
1 民商弾圧政策
被告国は、昭和三五年以降のいわゆる高度成長政策に沿って中小商工業者に対して苛酷な重税措置をとり、昭和三七、八年ころから各地の民商に対し各税務署を通じて激しい組織破壊、脱会工作を行ったが、特に昭和三八年五月ごろ、当時の国税庁長官は、三年で民商をつぶす方針を立て、この目的の下に全国の国税局に対し民商会員について徹底的な調査をするよう通達した。そして、東京国税局直税部長は、右通達に基づき、管内の各税務署長に対し、調査妨害のあったものについては十分な調査をせよ、税理士資格のない民商事務局員及び同会員の立会を排除せよ、調査に赴く旨の事前通知は行うな等の指示をした。
2 原告新宿民商に対する結社の自由の権利侵害等
被告署長所部の係官である武井、中尾、小杉、本村は昭和四〇年九月ころから昭和四一年にかけて、
(一) 新宿民商が「脱税団体」「非協力団体」「妨害団体」であるなどと記載した文書を新宿民商会員に送付して原告新宿民商を中傷、誹謗し、
(二) 「民商をやめろ、娘の嫁のもらい手がなくなる。」「息子の就職にも影響する。」などの脅し言葉や、「民商をやめれば修正申告をしなくともよい。」などの甘言を新宿民商会員に告げて脱会させ、また、いやがらせ的事後調査をして、組織破壊工作を重ねた。
3 民商弾圧政策に基づく原告宮地に対する違法な調査等被告署長所部の係官は、昭和四一年一一月二日事前の連絡もなく突然原告宮地方に臨場し、更に同月七日電話で「明日行く。帳簿を全部見せろ。」と要求し、同原告が調査を必要とする問題点の開示を求めたのに対し、「帳簿を見なければ問題点は分らない。拒否するならたんすの隅から畳の裏まで引っ繰り返せるんだ。」と高圧的な態度に終始し、同月八日同原告方に臨場し、同原告の要請で立ち会っていた新宿民商会員三名から同原告がした確定申告の問題点を開示するよう求められるも、右三名が立ち会っていては調査ができない旨述べて同原告方を引き揚げ、直ちに反面調査を行って同原告の取引先等に対する信用を失墜させた。
右経過からすれば、同原告に対する所得税調査並びに本件更正処分が、同原告の確定申告に対する合理的な疑いについて調査し、それに基づいて行われたものではなく、もっぱら同原告を新宿民商から脱会させるため、あるいは同原告が新宿民商から脱会しないことに対する報復のためになされたものであることが明白である。
4 よって、国家賠償法に基づき、原告新宿民商は被告国に対し結社権の侵害及び名誉毀損、社会的評価の侵害による損害の賠償として総額二〇〇万円のうち一一万円、原告宮地は結社権の侵害及び不法な調査と本件更正処分による精神的損害の賠償として三万円、及び右各金員に対する不法行為後である昭和四三年一〇月二五日から支払済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第三請求原因に対する被告らの認否
一 請求原因一は認める。
二 同二は、本件更正処分及び異議棄却決定が違法であることを除き認める。
三1 同三1及び2は否認する。
2 同三3のうち、被告署長所部の係官が昭和四一年一一月二日原告宮地方に臨場し、更に同月七日電話して翌日臨場するから帳簿を呈示するよう求めたこと、同月八日係官が同原告方に臨場したところ、新宿民商会員三名が立ち会って同原告がした確定申告の問題点を開示するよう求めたが、係官は右三名が立ち会っていては調査ができない旨述べて引き揚げ、反面調査を行ったことは認め、その余は争う。
第四被告署長の主張
一 推計の必要性
本件更正処分は原告宮地の本件各係争年分の所得金額を推計によって算定したものであるが、次に述べる調査の経緯に照らせば、実額を把握することができないので、推計によって算定するのが相当である。
1 原処分時の調査
被告署長所部の係官は昭和四一年一一月二日調査のため原告宮地方に赴いたところ、同原告は確定申告は間違いがないから調査させる必要はない旨述べて調査に応じなかった。同月七日同係官は電話で、翌日午前一〇時ころ再度赴くから取引関係の請求書、領収証等をそろえて置いてもらいたい旨依頼したところ、同原告は忙しいから税務署の相手はできない旨答えるばかりで、同係官の説得に対しては黙秘を続け一方的に電話を切り、同係官が翌日同原告方に臨場すると、新宿民商の会員三名を立ち会わせ、同係官が調査に関係のない第三者の同席は困る旨述べてたしなめるも立ち去らせず、調査をするのは人権侵害である旨繰り返して、調査に応じなかった。
2 異議申立における経過
被告署長所部の係官は、異議申立の審理を行うため昭和四二年五月二九日同原告方に臨場し、同原告に対し、異議申立書には収支計算書、貸借対照表が添付されていないので改めて呈示して欲しい旨申し入れたが、同原告は作成してあるが見せられない旨述べて取り合わなかった。
3 審査請求における経過
東京国税局長所部の担当協議官は、昭和四三年一月一七日、同年二月一三日、同月二八日の三回にわたり同原告方に臨場し、収支計算書の基礎となる帳簿、証拠書類等の呈示を求めたが、同原告は、終始本件更正処分は誤りであるから取り消すべきである旨主張するのみで証拠書類等を呈示しなかった。
二 推計による所得金額
1 本件係争各年の所得金額の算定にあたっては、標準経費の額が不明であるので、反面調査によって把握しえた収入金額を基礎に、これに同業者の営業利益率を乗じることによって標準経費控除後の営業利益の額を推計し、これから人件費、地代家賃及び事業専従控除額等の標準外経費を控除して算定するのが合理的である。その計算基礎及び収入金額の内訳は次表記載のとおりであり、これによれば、本件更正処分の認定した所得金額を上まわることになる。
(昭和三九年分)
所得金額の計算
(単位は円。以下同じ)
<省略>
収入金額の内訳
<省略>
(昭和四〇年分)
所得金額の計算
<省略>
収入金額の内訳
<省略>
2 営業利益率
右営業利益の算定に用いた営業利益率六五・五パーセントは、小石川税務署管内における青色申告製本業者のうちから次表に掲げた原告宮地と同規模程度の四業者を抽出し、その昭和四〇年分所得税の青色申告書に記載された収入金額合計一三六五万九六四〇円をもってその標準経費控除後の営業利益金額合計八九九万四四一九円を除し、その結果得た数値〇・六五五を採用したものである。
<省略>
なお、同署管内において原告と同じく貼込(丁合を兼営するものを含む。)を営む製本業者のうち、青色申告をしている全部の業者の昭和三九年分及び同四〇年分の青色申告書に記載された額を基礎として営業利益率を計算すると、次表のとおり昭和三九年分が八〇・〇パーセント、同四〇年分が七四・二パーセントとなり、いずれも前記六五・五パーセントを上まわることになる。右全業者の各人別の収入金額の明細は別紙二のとおりである。
<省略>
第五 被告署長の主張に対する原告宮地の認否及び本件更正処分の違法事由についての主張
(認否)
一 推計の必要性(被告署長主張一)について
本件更正処分をなすにつき推計によって所得金額を算定するのが相当であるとの主張は争う。
1 被告署長主張一1のうち、係官が昭和四一年一一月二日及び同月八日に原告宮地方に臨場したこと、同月七日に同原告に電話連絡したこと、同月八日の臨場の際新宿民商の会員三名が立ち会ったことは認めるが、その余の事実は否認する。
2 同被告主張一2のうち、係官が昭和四二年五月二九日同原告方が書類の呈示を断ったことは認めるが、その余は否認する。同原告は同日右係官に、本件更正処分の理由が分らないので税務署が認定した所得の内容を説明してもらいたい旨求めたのに対し、係官が説明を拒否したので、理由が分らなければどのような書類を呈示すればよいか分らない旨述べて書類の呈示を断ったのである。
3 同被告主張一3のうち、担当協議官が同被告主張の日に同原告方に臨場したこと、同原告が証拠書類等の呈示をしなかったことは認めるが、その余は否認する。右臨場の際、同原告は担当協議官に対し、昭和四二年八月二一日に従業員の給与に対する源泉所得税の加算税の賦課処分を受け異議申立をしていること、右処分が何の裏付けもなしにされたものであるから、その不当性が明らかになるまでは税務署に悪用されるので帳簿は呈示できないこと、また、本件更正処分は経費について裏付けがないので、その不当性をはっきりさせるためにも帳簿は渡せないことを説明したところ、同協議官もこれを了承したものである。
二 推計による所得金額(同被告主張二)について
同被告主張二1の各表のうち、雇人費、地代家賃、専従者控除額は認めるが、その余は否認し、同二2はすべて否認する。
(本件更正処分の違法事由の主張)
一 手続上の違法
1 調査の必要性の欠缺
申告納税制度を原則としている以上、税務署長が例外的に更正をするため調査を行う場合には、納税者の申告を疑うに足る十分な理由の存在が必要である。しかるに、本件においては、被告署長は原告宮地の確定申告に何の疑わしい点も見出していないのに、単に右確定申告が正しいかどうかを調べるために調査を行ったものであるから、かかる違法な調査に基づく本件更正処分は違法である。
2 質問検査権の範囲を超えた調査
質問検査権の行使については、調査が任意調査であり合理的な必要性がなければならないという点から、被調査者は税務職員に対し調査の必要性の開示を要求することができ、税務職員がこれを開示しない限り調査を拒否することができ、また、質問検査権に基づく調査は納税者の得意先や銀行等に対する信用を失墜させるような態様で行うことは許されず、被調査者の依頼した第三者が調査に立ち会うことも許されるべきである。特にいわゆる反面調査の場合には、その調査の相手方は直接に納税義務を負うものではないし、また、法により法定資料の提出を義務付けられたもでもないから、その行使の範囲は極めて厳格に解すべきであり、この場合の質問検査権の行使は、納税者の調査の過程において、その調査だけではどうしても課税標準及び税額等の内容を把握できないことが明らかになった場合に限り、かつ、その限度において可能であると解すべきである。しかるに、本件においては、全く事前通知をすることなく、いきなり臨場調査にきて資料の呈示を求め、原告宮地の要求にもかかわらずその調査の合理的必要性を開示せず、新宿民商の会員が違法調査の繰返しを防ぐため同原告の求めに応じて立ち会ったのについても立会を拒否し、一方的に反面調査を行い、同原告に対して取引先の信用を失う等の多大の損害を被らせた。右のように本件調査は明らかに質問検査権の限界を超える違法なものであるから、これに基づく本件更正処分も違法である。
3 他事考慮
本件調査は調査に名をかりた新宿民商会員脱会工作の一つであり、原告宮地の確定申告に何ら合理的疑いがないにもかかわらず調査を行い、かつ、同原告の承諾を得ることなくいきなり反面調査を行って同原告の取引先及び銀行等に対する信用を失墜させたものであり、もっぱら同原告を新宿民商から脱会させる目的あるいは同原告が新宿民商から脱会しないことに対する報復の目的でなされたものであることが明らかであるから、このような目的に基づいた調査及び本件更正処分は違法である。
二 推計の合理性を欠いた違法
1 処分時における資料の不存在(本件訴訟の対象)
本件において仮に推計課税が許されるとしても、本件訴訟の対象は、被告署長が本件更正処分の当時において右処分をなしうるだけの合理的な調査資料、調査結果を有していたか否かであって、本訴提起後に被告署長が新たな資料と推計方法によって主張する所得金額等が客観的に正当なものであるか否か、更正処分の所得金額等が右の客観的に正当な数額を超えるものであるか否かではない。すなわち、更正処分時において被告署長が更正するに足る納得しうる合理的な、しかも正当な手続により得たところの調査結果と資料を持たなければ、その更正はそれだけで絶対に取り消されなければならないのである。なぜなら、第一に、国税通則法二四条は「課税標準等又は税額等がその調査したところと異なるときは、その調査により当該申告書に係る課税標準等又は税額等を更正する。」と規定し、更正時において合理的な調査結果と資料が存在することを要求するとともに、その調査によってのみ更正しうることを定めているからであり、第二に、もし課税庁が更正時において何らの納得させうる資料も持たないで申告納税額を勝手に更正することができ、裁判となるや、ただ所得の在り高が妥当かどうかだけが争われるということが是認されるのであれば、行政処分における適正手続の要請は全く無意味になり、大多数の国民は経済的、時間的にこのような恣意的な課税処分を争うほどの余裕がない以上、国民の財産権は課税庁の恣意によって侵害される結果となるからである。
本件において、被告署長は、更正処分当時に同被告が把握した更正の理由とは無関係に、訴訟提起後に新たに構成した論拠や数額による推計を主張しているが、かかる方法により処分を維持することは許されない。
2 推計方法の不合理性
被告署長の営業利益率の算定方法は、何ら合理性がない。すなわち、製本業者といっても、断截業者、折本業者、貼込業者、丁合業者等多くの業態を含むものであるところ、同被告の主張によれば、原告宮地は丁合を兼業する貼込業者であるというのであるから、丁合兼業の貼込業者の営業利益率の平均を求めるべきであるのに、同被告は漫然と製本業者全体の中から同原告と同規模の業者四名を標本として抽出して営業利益率六五・五パーセントを算定している。また、同被告が本訴提起後計算した八〇・〇パーセント、七四・二パーセントという営業利益率は、管内の丁合兼業貼込業者全員の平均というのであるから、営業程度が同規模という原則は全く捨て去られている。
第六 原告宮地の違法事由の主張に対する被告署長の反論
一 手続上の違法(違法事由一)について
1 申告納税制度の下において、税務署長は税負担の公平を保つため納税者の申告が正しいかどうかを確認する責任を有し、調査は右要請の下に納税者の申告が正しいかどうかを確かめる必要がある場合に行われるものであって、納税者の申告を疑うに足る十分な理由が存在しなければ調査を行ってはならないというものではない。本件においては、被告署長が原告宮地提出の昭和四〇年分確定申告書を審査したところ、申告書に記載されている収入金額に対する必要経費の額の割合が他の同業者に比べ過大であって所得金額が低額であると推認され、右確定申告書には所得金額を算定するための収支明細も添付されていないところから、同被告は同原告の収入金額及び必要経費の適否について確認するため本件調査を行ったものであって、違法はない。
2 質問検査権は調査の一方法として認められているものであって、質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目については、質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との較量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的な選択にゆだねられているのであり、実施の日時、場所の事前通知、調査の理由及び必要性の個別的具体的な告知が質問検査を行ううえの法律上の要件とされているものではない。
3 本件において、被告署長が原告宮地を調査対象者に選定して調査を実施したのは、前記のとおりの事情により原告の収入金額及び必要経費の適否について確認する必要があったためであって、決して新宿民商脱会工作等の目的をもって調査及び更正処分を行ったものではない。
二 推計の不合理性(違法事由二)について
1 課税処分の取消訴訟において、税務署長のなした課税標準等、税額等の認定の当否は、もっぱらその認定した数額が客観的に正当な数額を超えるものであるか否かによって判断さるべきものであり、その判断の資料を更正処分当時までに収集されたものに限るべき理由はない。国税通則法二四条の規定は同原告主張のような手続的な制限を定めたものと解することはできない。課税処分のような羈束処分については、裁判所は直接に行政庁の認定が法律に適合しているかどうかを判断しうるのであるから、更正処分時に収集されていなかった資料を用いて訴訟において主張立証することが可能であるからといって、恣意的な課税処分が自由にできることになるわけではない。
2 推計方法について
製本業においては、その業態が受託加工であり、かつ、比較的単純な作業工程ごとに分業化されている等の性質上、製本作業の工程のいくつかの段階を兼営する業者があり、その業種目の呼び方は主たる営業種目の内容によって折本業者あるいは貼込業者等と呼称されているのが通例であるが、その収入の本質は加工手間賃であり、必要経費についても雇人費等の標準外経費を除いた標準経費は特殊な場合(外注依存割合が大きい場合等)を除き少額であり、したがってその営業利益率も極めて高く、各業者についてさしたる相違は見出しがたいのであるから、同原告の主張二2はいずれも理由がない。
第七証拠
一 原告ら
1 甲第一ないし第三号証、第四、第五号証の各一、二、第六ないし第一一号証、第一二号証の一ないし一七、第一三号証、第一四号証の一ないし四、第一五号証の一、二、第一六ないし第一九号証
2 証人内田武、同田崎義成の各証言、原告宮地広定本人尋問の結果
3 乙第二五号証の一ないし三、第二六、第二七号証の成立(第二六、第二七号証については原本の存在と成立)はいずれも認める。その余の乙号各証の成立は不知。
二 被告ら
1 乙第一ないし第八号証、第九号証の一ないし三、第一〇ないし第二四号証、第二五号証の一ないし三、第二六、第二七号証
2 証人松崎勉、同田中正次、同庄子実の各証言
3 甲第一二号証の一ないし一七、第一八、第一九号証の成立(第一二号証の一ないし一七、第一九号証については原本の存在と成立)はいずれも認める。甲第三号証、第四、第五号証の各二、第六、第七号証はいずれも官公署作成部分のみ成立を認め、その余の部分の成立は不知。その余の甲号各証の成立(第一三号証、第一四号証の一ないし四、第一五号証の一、二、第一六号証については原本の存在と成立)は不知。
理由
一 まず、本件更正処分取消請求について判断する。
1 請求原因一、二、(但し本件更正処分が違法であることを除く。)は当事者間に争いがない。
2 推計課税の必要性
証人松崎勉、同田中正次の各証言及び原告宮地本人尋問の結果によれば、同原告は、昭和四一年一一月二日被告署長所部の係官が同原告の本件所得税の調査のため同原告方に臨場したところ多忙等を理由に調査を断わり、次いで同月八日あらかじめ電話連絡のうえで右係官が臨場した際には、民商会員三名を立ち会わせ、調査の理由を開示することを要求し、係官が第三者の立会は認められないことを告げて調査のの協力を求めたがこれに応ぜず、結局、調査理由の開示がない故をもって調査に必要な帳簿書類の呈示をしなかったこと、その後、異議申立及び審査請求の審理のために被告署長所部の係官あるいは東京国税局長所部の担当協議官が同原告方に臨場し、帳簿書類の呈示を求めたのに対しても、同原告は、本件更正処分の根拠の開示が先決であると主張したり、右帳簿書類を悪用されるおそれがあると主張したりして、その呈示を一切しなかったこと、このため、同原告の所得算定の基礎となる標準経費の額を実額によって把握することが不可能であることを認めることができ、右認定に反する同原告本人尋問の結果(一部)は採用せず、他に右認定を覆すに足る証拠はない(係官が右のとおり臨場したこと、民商会員が立ち会ったこと、帳簿書類が呈示されなかったことは、当事者間に争いがない。)。
右事実によれば、本件において被告署長が推計により同原告の所得金額を算出したのはやむをえないことであり、適法というべきである。
3 手続上の違法事由の存否
(一) 調査の必要性について
所得税法に基づく調査は、過少申告の疑いが明らかである場合だけに限らず、申告の正確性審査すべき合理的必要性のある場合になしうるものと解するのが相当である。本件についてみるに、証人松崎勉の証言によれば、被告署長は同原告の提出した昭和四〇年分確定申告書を審査したところ、申告書に記載されている収入金額に対する必要経費の額の割合が他の同業者に比べて過大であって所得額が少なく、右申告書には収支明細も添付されていなかったところから、右申告書の正確性につき調査をする必要を認め、同原告を調査対象に選定したものであることが認められ、右事実からすると、同原告については調査をすべき合理的必要性があったということができる。
(二) 質問検査権の範囲を超えた違法について
質問検査権の行使について、相手方に対する事前の通知及び調査理由ないし調査目的の開示は、いずれも調査を行ううえの法律上の要件ではないから、被告署長が原告宮地に対し事前通知や調査理由の開示をすることなく調査を行ったとしても、これのみをもって違法とすることはできない。また、調査に際して当然に相手方の依頼した第三者の立会を認めなければならない根拠はなく、更に、前記のごとく同原告が調査に必要な帳簿書類の呈示に応じなかった以上、被告署長が反面調査を実施したこと自体をもって違法とすることもできないというべきである。
(三) 他事考慮について
前記(一)の認定事実に照らせば、本件の調査及び更正処分が同原告主張の他事考慮に基づくものであったとは到底認めることができず、右主張に沿う証人田崎義成の証言(一部)及び同原告本人尋問の結果(一部)は採用しない。
4 推計の合理性
(一) 推計資料等の追加変更について
課税処分取消訴訟の審判の対象は当該処分の違法性一般であり、実体的には当該処分の認定した課税標準又は税額が過大であるか否かによって処分の適否が決せられるのであって、右課税標準又は税額を認定するための推計方法などは単なる攻撃防禦方法にすぎないと解されるから、推計課税を争う訴訟において、課税庁が当該処分の適法性を理由付けるため処分時とは異なる資料や推計方法を主張することは、何ら妨げられないものというべきである。もとより、当初の課税処分が恣意によって行われたときは違法となりうるが、訴訟に至り推計資料等を追加変更したからといって、直ちに当初の推計が恣意的なものであったことになるわけではない。そして、証人松崎勉、同田中正次の各証言によれば、被告署長が本件更正処分をするについては、反面調査によって同原告の本件各係争年分の収入金額を把握し、次に、標準経費の額が不明であったので、小石川税務署管内の青色申告者の中から同原告と収入金額の近い製本業者四件を無作為に抽出して同業者営業利益率六五・五パーセントを求めこれによって営業利益額を推計し、雇人費及び専従者控除は同原告の申立額を採用し、地代家賃は貸主の調査によってこれを認定したことが認められるのであるから、右処分をもって恣意的なものといいえないことは明らかである。
(二) 推計方法について
一定の事業を営む者について収入金額に対応する標準経費が判明しないため営業利益を実額によって把握することができない場合に、右収入金額に同業者の平均的な営業利益率を乗じて営業利益の額を推計することは、特別の事情のない限り合理性があるものというべきである。
(1) 収入金額
証人松崎勉の証言によって成立の真正を認める乙第一五号証、証人田中正次の証言によっていずれも成立の真正を認める乙第一ないし第五号証、第七号証、第一六ないし第二一号証、証人庄子実の証言によっていずれも成立の真正を認める乙第六、第八号証、第一〇ないし第一四号証、第二二号証及び右各証言によれば、原告宮地の本件各係争年の収入金額は昭和三九年分が三七五万五六八三円、同四〇年分が四二一万四五七八円であって、その内訳は被告署長主張のとおりであることが認められる。
(2) 営業利益
証人庄子実の証言により成立の真正を認める乙第二三、第二四号証、右証言及び原告宮地本人尋問の結果によれば、いわゆる製本加工業の中には断載、折本、貼込、丁合等各種の業態があり、これらを兼営する業者もいるが、原告宮地は貼込を専業とする業者であること、被告署長は、東京国税局長の通達に基づき、同原告と同業者の営業利益率を求めるため、同署管内で青色申告をしている貼込業者又は貼込と丁合の兼営業者につき昭和三九年分及び同四〇年分の申告額を調査したところ、その収入金額及び営業利益金額は別紙二のとおりであったこと、右調査結果に基づき平均営業利益率(収入金額で営業利益金額を除した割合)を求めると、加重平均で昭和三九年分が八〇・〇パーセント、同四〇年分が七四・二パーセント、単純平均で昭和三九年分が八三・一パーセント、同四〇年分が七七・三パーセントとなることが認められる。もっとも、右調査結果をみると、収入金額、営業利益金額ともに個人別の開差が大きいので、試みに収入金額が原告宮地の半分ないし二倍の範囲内にある業者のみを別紙二の調査事例のうちから抽出して営業利益率を計算すると(右抽出業者は別紙三のとおりである。)、加重平均で昭和三九年分が七八・六パーセント、同四〇年分が七〇・二パーセント、単純平均で昭和三九年分が七八・六パーセント、同四〇年分が七二・一パーセントとなる。したがって、いずれにしても本件更正処分において被告署長の採用した営業利益率六五・五パーセントを上まわることが明らかである。なお、右抽出事例中には貼込専業でなく丁合兼営の業者も含まれているが、証人庄子実の証言によれば、右のいずれの業者でも営業利益率はほとんど変らないことが窺われる(原告宮地本人は人件費の違いを挙げるが、営業利益率は人件費等の標準外経費控除前のものについて算定されるものである。)ので、貼込専業の業者のみに限定しなかったことをもって不合理ということはできない。
そうすると、前記(1)の収入金額から右六五・五パーセントの営業利益率によって算出された被告署長主張の営業利益の額はいずれも過大であるとは認められない。
(3) 標準外経費等
右(2)の営業利益から控除すべき雇人費が昭和三九年及び同四〇両年分とも各一〇八万円、地代家賃が右両年分とも各一九万二〇〇〇円、専従者控除額が昭和三九年分八万六三〇〇円、同四〇年分一一万二五〇〇円であることは、当事者間に争いがない。
(4) 所得金額
右の計算によれば、本件各係争年分の所得金額がいずれも本件更正額を上まわることは明らかである。
5 以上により、本件更正処分に原告宮地の主張する違法事由はないから、右処分の取消を求める同原告の請求は失当である。
二 次に、原告宮地は、異議棄却決定取消を求めるが、右決定に固有の瑕疵があることにつき何ら主張するところがない。よって、右請求は失当である。
三 原告らの損害賠償請求について判断する。
1 原告らは、請求原因三1、2において、国税庁当局が民商の組織破壊を企図し、新宿民商に対して中傷、誹謗や脱会工作を行ったと主張するが、これに沿うかのごとき甲第一〇、第一一号証、第一二号証の一ないし一七、第一四号証の一ないし四、第一六、第一七号証、証人内田武、同田崎義成の各証言部分は、成立に争いのない乙第二五号証の一ないし三、原本の存在と成立に争いのない同第二六、第二七号証と対比してたやすく採用しがたく、他に右主張事実を認めることができる証拠はない。
2 原告らは、請求原因三3において、本件調査及び更正処分が原告宮地を新宿民商から脱会させるため、あるいは同原告が新宿民商から脱会しないことに対する報復のためになされたものである旨主張するが、本件全証拠をもってしても右事実を認めることはできない(係官が臨場に先立ち電話で高圧的な態度をとったとの証人田崎義成の証言及び原告宮地本人尋問の結果は証人松崎勉の証言と対比して採用しがたい。)。
3 したがって、原告らの損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく失当である。
四 以上のとおり、原告らの本件各請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 佐藤繁 裁判官 八丹義人 裁判官佐藤久夫は転補につき署名押印することができない。裁判長裁判官 佐藤繁)
別紙一 処分一覧表
(昭和三九年分)
<省略>
(昭和四〇年分)
<省略>
<省略>
別紙二 同業者の収入金額及び営業利益金額の明細表
(昭和三九年分)
<省略>
<省略>
(昭和四〇年)
<省略>
<省略>
<省略>
別紙三
(昭和三九年分)
<省略>
(昭和四〇年分)
<省略>
<省略>